奥田真之氏(愛知産業大学経営学部教授)

奥田真之さんは以前十六銀行に勤務されていた。その頃、北見昌朗はセミナー講師の仕事を承って、奥田さんに随分お世話になった。

奥田さんはサスガに優秀で、現在は愛知産業大学経営学部総合経営学科教授 博士(経済学)になられている。大学で金融経済やファイナンシャルプランニングを専門に、教育および研究活動をしておられる。

そんな方から、このような推薦文を頂戴した。恐縮です。

愛知全てのビジネスマンが一読すべき「経営学の教科書」

奥田真之愛知産業大学経営学部教授
奥田真之

「小説やらまいか」は、豊田佐吉翁の単なる伝記ではない。この小説で主人公の佐吉翁の言動を通じて発信されるメッセージは、現代のビジネス環境にも通じるところがあり、本書は、当地でビジネスに携わる全ての人々が一読すべき「経営学の教科書」である。

本書では、佐吉翁の生涯を表面的に時系列で追うのではなく、その時代に生きた佐吉翁と関係する人々の言動の背景にある日本を取り巻く国際情勢や当時の空気感を丹念に描写している。作者は新聞記者時代の経験を生かして、長年にわたる膨大や資料収集と入念な取材をもとに時代考証を行っている。このおかげで、小説の舞台となる名古屋市中心街を旧地名で解説しながらストーリーを展開しており、まるで脚本を読みながら当地を舞台とした映画を鑑賞している感覚に読者を誘導している。

前編の内容では、幼少時の佐吉は、社寺建築の名工であり、二宮尊徳の信奉者である父と熱心な日蓮宗の信徒であった母の愛情のもとに育てられた。たとえ周りにその言動が嘲笑されようとも、常に称賛する母の暖かな見守りにより、佐吉少年の「自己肯定感」が育まれていく。自己肯定感の高い子どもは、自分のダメなところを理解し、よりよい自分になるための前向きな努力が自然にできる。現在の子育てで最も重視されているのがこの自己肯定感であり、佐吉翁は母の愛情によって成功者となるべく育てられたといえる。

また、マックス・ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」ではないが、両親の道徳的あるいは宗教的な信念が佐吉翁の発明家や事業家としてのバックボーンになっていたのかもしれない。

やがて佐吉青年は、時代のニーズを的確に読み取り、苦労の末、人力織機、力織機を完成させていく。また、佐吉翁の才能と人間的魅力に引き寄せられて、石川藤八、服部兼三郎の協力と、後妻浅子の内助の功を得る。

後編では、艶子、鷺田など架空の敵役を配することで、史実に忠実過ぎると単調になりがちなストーリーに波乱を巻き起こし、読者を最後までいっきに読み進ませる工夫が施されている。

全編を通じて、各場面で有名な佐吉翁の名言が語られている。とりわけ印象深いのは、「発明発見とか創意工夫の世界は、あくまでも広大無辺で、今まで人間の踏み込んだ地域は九牛の一毛(多くの牛の中の1本の毛)にも達していません。その大きな未開の秘庫は『早く扉を開けてくれ』と、中からいつもわれわれに呼びかけています。しかもその扉を開く鍵は、いつも、どこにも、誰の足下にも転がっています」という言葉である。

この言葉から、佐吉翁のあくなき探求心と、トヨタのモノづくりのDNAを感じることができる。メーカーは、常に時代に合わせて休むことなく、イノベーションを起こし、変わり続けていかなければいけないというメッセージとして読み取ることができる。とりわけ、当地の主要産業である自動車業界がCASE(コネクテッド、自動運転、カーシェアリングとサービス、電気自動車)に対応し、大きな変化を迫られる現在の局面において、原点に返って佐吉翁の生き様に触れることは意義があるといえるだろう。

奥田真之プロフィール

専門は金融論、中小企業経営論。博士(経済学)。1985年、慶應義塾大学法学部卒業。名古屋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。銀行員を経て、愛知産業大学経営学部教授。
中部経済新聞の「中経論壇」(金融経済)、中日新聞プラス(Web)で「オッ君教授の金融教室」を連載中。
著書に『地域連携と中小企業の競争力』(共著、中央経済社、2014年)、『はじめての金融リテラシー』(奥田真之・大藪千穂、昭和堂、2018年)、『地方創生のための地域金融機関の役割』(共著、中央経済社、2018年)、『信用保証制度を活用した創業支援』(共著、中央経済社、2019年)。