河田信氏(名城大学名誉教授)

世界のトヨタの源流ここにあり

  
河田信一般社団法人 SCCC・リアルタイム経営推進協議会 副理事長
名城大学名誉教授(経済学博士)河田 信
 
小説『やらまいか』の、人生ドラマとしての痛快な魅力はここではさておき、特に私の感動として、『やらまいか』を貫く、豊田佐吉の経営思考が、21世紀のあるべき経済理論・政策の重大なヒントを提供していることへの気付きをお伝えし、推薦の辞としたい。従って本推薦文の想定読者は、学生、研究者、役人の方々ということになろうかと。

21世紀の今日、日本はもとより、米、中、欧、先進諸国の経済がデフレ局面に突人、共通の原因は、「カネは溢れているのに流れない」現象から、「経済格差拡大、中間層の下層化」のリスクが拡大していることだ。私は、このピンチを招いたマクロ経済学の主犯が、「神の見えざる手」に導かれて予定調和に到達するとしたアダムスミスの自由放任主義(レッセ・フェール)、米国発信の市場原理主義、「小さな政府」を唱えるフリードマンらのマネタリズムなどの主流派新自由主義経済学にあると見ている。Stiglitz(ノーベル経済学賞受賞者)は、すでに「神の見えざる手など存在しない」と断じているが、同感である。

以下関連する『やらまいか』のエピソード、ヒントを取り上げながら愚感を述べたい。

エピソード その1 佐吉を支えた「二宮尊徳の経済学」

佐吉の父、大工の豊田伊吉が明治17年(1884年)報徳社、岡田良一郎から 繰り返し教えられた二宮尊徳の言葉が佐吉にしっかりと継承された。      

  • 二宮尊徳翁は、道徳と経済の調和ある実践を説き、困窮にあえぐ農民の救済を目指された。そのおかげで多くの農村が蘇りました。
  • 貧富の差は、分度を守るか失うかによる。
  • すべての商売は、売りて喜び、買いて喜ぶようにすべし。売りて喜び、買いて喜ばざるは、道にあらず。
  • 道徳を忘れた経済は、罪悪である。経済を忘れた道徳は寝言である。

さらに佐吉(明治18年、1885年、19歳)が、読み耽った翻訳書中から感動して壁に貼り付けた、ジェイムズ・ハーグリーブス(多軸紡績機の発明者)の(上巻、p.85)の感想として書きとどめた決意より-

  • 「決して目標を見失わないこと」「決してくじけないこと」
  • 「どんな苦労も厭わないこと」「弱い人に優しいこと」「富のために勉強をするのではないこと」

特に「弱者のため」「富のためにあらず」は、今日の主流派経済学である市場原理主義の真逆方向を示す。「道徳を忘れた経済は、罪悪である。経済を忘れた道徳は寝言である」もまた、21世紀のソサイエティ5.0を支える必須のビジョンであろう。

エピソード その2 『やらまいか』で判明した豊田綱領の「報国」の意味

佐吉の考え方の結晶として昭和10年(1905年)、利三郎、喜一郎がまとめた「豊田綱領」は経営理念として見事なものに違いないが、実はその第一項の「上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を拳ぐべし」の、「報国」の一語が、「滅私奉公」的イメージと相まって、次大戦後に育った私には、何となく「古い」という感じがつきまとっていた。しかし『やらまいか』は、この漠然とした抵抗感を一掃してくれた。 

日露開戦前、いずれも20代前半の佐吉、兼三郎、藤吉飲み明かす仲間三人。北緯39度以北の領土を要求してきたロシアの態度に、新聞片手に怒りに震えながら議論。黙って腕を組んでいた佐吉は、自分に言い聞かせるように言った。「日本人には世界史に残るような発明がねえのじゃ、だから西洋人にバカにされるのじゃ。僕は、完全無欠の自動織機を発明して見せる…」。そのときの佐吉の顔はさながら毘沙門天のような激しさだった。(下巻p.40)

戦後の平和ボケの私としては、この「報国」の迫力には、「すみませんでした」と頭を下げるほかない。グローバリズムの風潮の中で、改めて国内成長の重要性を思う。

エピソード その3 トヨタの失敗 :(『やらまいか』後日談)

だが豊田綱領による経営は、終始一貫盤石であったわけではない。2009年3月期 リーマン不況時にトヨタはリコール問題と大幅営業赤字4610億円に転落した。すると、社長に就任した喜一郎の長男、章男は公の場で「近年のトヨタは安全と品質第一を大切にする本来のトヨタから、量と利益を優先するトヨタになっていたことを反省しなければならない」と明言した(2010年3月、北京記者会見)。この発言の含意は深く、一方で、市場原理主義的経済観を改めて否定し、他方で、豊田綱領から、二宮尊徳の経済観にまで遡るトヨタの「反省力」と「還るべき原点」の存在の両方を思わせる。おかげで私の中で、『やらまいか』のスピリットが現代まで一気につながった。

その後のトヨタは「利益と量」ではなく「もっといいクルマを作ろう」という旗印に切り換えて、2014年3月期には過去最高益更新の決算を発表するに至った。「利益」にこだわらない方が、結果とし「利益」は増えることを証明したのだ。

ついでながら、2019年の現在、トヨタは「自動車産業100年来の大転換期」に対し、脱製造業、「モビリティカンパニー」を目指すが、私が注目するのは、無償特許公開までして収益性の見えないFCV(燃料電池自動車)の開発にこだわる戦略である。トヨタ曰く、「100年後に人類が生き残るための技術だ」と。水素ステーション関連については永久に無償化するとも発表し、メディアを驚かせたが、改めて、尊徳流の「経済と道徳の調和」、佐吉の産業報国志向が、未来に向けてまで脈々と息づいているようだ。

エピソード その4 ジャスト・イン・タイム と「アベノミクス」(『やらまいか』後日談)

18歳から開発に没頭、約30年後、大正13年(1924年)に遂に完成した「G型自動織機」の技術の特徴の一つは、「ニンベンのついた自働化」であった。次いで、佐吉から「ワシは織機の発明を通じて国に貢献した。喜一郎、お目は自動車をやれ」と託された喜一郎が、挙母工場の操業開始に際して提唱したのが「ジャスト・イン・タイム」のコンセプト。 

つまり「必要な時」に作るという時間軸のコンセプトである。簡単なようだが、これにはあらゆる技術要素と不断のカイゼンを要する。

垣根を越えて、この時間軸概念を考察すると、今日の経済学・会計学思考の常識は、「価格=単価×数量」であるのに対し、ジャスト・イン・タイムは「価格=単価×数量×時間軸」であり、「5日前購入」と「30日前購入」では時間軸(カネの流れの速度)が大違いであることを重視する。「資金回転速度」といってもよい。「年1回転する資金量が、年2回、回転すれば、同じ量でも経済効果は2倍になる」という素人でも分かるこのジャスト・イン・タイムの思考だが、マクロ経済の成長戦略を「量(volume)」から「速度(velocity)」に拡張する可能性を秘める。

たとえば、社内の生産期間短縮と相まって、現在「盆・暮れ払い」とも揶揄される親事業者の下請け事業者への支払いサイトを、60日以内に短縮すると、多重下請け構造のわが国で「カネは溢れているが流れない」現状の改善、つまり「BtoB生産性」革命により、マネーストック(市中を流れる資金の総量)は確実に増加に転じる。(これは既に「中小企業庁」から、平成28年に提示されている努力目標である。不徹底なだけだ)
 
1990年代のバブル崩壊以来、「今だけ、カネだけ、自分だけ」の市場原理主義で混迷を続ける経済政策は、特にアベノミクス第三の矢、「成長戦略」の定義を、『やらまいか』の紹介する「分度を守る。貧富の差縮小。農村の蘇り」など尊徳型の経済ビジョンと、中小企業支払いサイトの短縮などを含む「BtoB生産性」革命により改善可能ではなかろうか。

これに、まだ実施されていない、第二の矢「財政政策」で、国土強靭化、地方創生公共投資などの積極財政をかませることによって、長期デフレは突破できそうである。

「金融政策が行き詰まったら公共投資」と説くケインズ(第二の矢)と二宮尊徳の経済観(第三の矢)の握手により、日本経済はまだ間に合うという気がしてきた。

『やらまいか』に感謝したい。