酒井英之氏(V字経営研究所代表)

酒井英之

酒井英之氏

(株)V字経営研究所 代表取締役社長の酒井英之先生とは、元三菱UFJリサーチ&コンサルティング時代から親しくさせていただいています。

独立されてからは、ご自分流の仕事にこだわられ、まさに自己実現されていると感じます。その酒井先生がこんな推薦文を書いて下さった。

一読して思わず涙が出てきた。二読して心がじわっと熱くなった。三読して酒井先生に感謝と尊敬の念が沸いてきた。

有り難うございます。

北路透 拝

「負けてたまるか!」 佐吉翁の意地とプライドに学ぼう

株式会社V字経営研究所 代表取締役社長
酒井英之

北路透先生の『小説やらまいか~豊田佐吉傳』を読ませていただきました。大変に学ぶところの多い小説でした。最も学ばせていただいたのは人間の器の大きさです。

器が大きな人は、世の中のために全身全霊を捧げて生き抜いています。一方、小さな人は、自分のことのために他人を貶めてばかります。そうした対比を描きながら、北路先生は
「利他の心で生きよう」「公憤を抱いて生きよう」と語り掛けてきます。

私が最も好きな下りは、佐吉が次のように語るところです。

「私の戦いは発明じゃ。欧米に負けねえ織機を発明するんじゃ。日本人の知恵が欧米人に断じて負けねえことを発明によって証明してやらまいか」

これはロシアのニコライ皇帝が、「日本人は猿だ」と馬鹿にしていることに対し、佐吉が語った言葉です。

また佐吉は、アメリカが日本を仮想敵国と位置付けて移民を禁止した時に、次のように言っています。

「僕は知恵の力で欧米列強に絶対勝って見せるんじゃ。ブラッド社なんかに負けるもんか。日本人の頭脳が白人に負けないことを証明してやらまいか」

佐吉は、心の底から欧米人に「負けてたまるか!」と思っていたのでしょう。そして日本人の可能性を、自分の可能性を誰よりも信じていたのだと思います

私は、ものづくりの根底にあるべきは「誰かのために」という思いやりと、「負けてたまるか!」という意地であり、「自分はできる」と信じぬくプライドだと思っています。

とりわけ、イノベーションはやすやすとできるものではありません。従来の常識と違うことをすれば、周囲が「出来っこない」「できるわけがない」「やっても無駄だ」の大合唱です。これは佐吉の時代に限ったことではなく現代でも同じです。その四面楚歌の状態で、それでも「これしかない」と信じて集中して、いろんなものを犠牲にして、ようやくやり遂げられるのではないかと思います。

北路先生がこれをお書きになられたのは、佐吉の生き様の中に、多くの中小企業経営者に共通する「誰かのために」という思いやりと「負けてたまるか!」という意地とプライドをご覧になっているからでしょう。

そして、そのような信念があれば、日本の中小企業はこれからも飛躍の道を歩んで行けると信じているからでしょう。

明治大正の時代において、佐吉が欧米列強に対して抱いた意地とプライドを、今日では中小企業経営者が、物量で迫ってくる大手企業やアジア諸国に対して持たねばならないものだと思います。

そして、そのような思いやりと意地とプライドは、幼少の頃の母親の言葉から生まれるということもこの本が教えてくれています。

母親が、子供が描いた夢や能力を信じて受け入れて、「あなたは素晴らしい。大丈夫。きっとできる」と励ます。この幼少の頃からの刷り込み効果が、子供が壁にぶつかったときに「大丈夫。だって、母さんが大丈夫だ、あなたはできると言ってくれたから」と自分を信じる根拠になるのだと思います。

ただ、それでもくじけそうなことも多々あります。そんな時、中小企業経営者が頼るべきがメンターです。

本書の中で、佐吉は必要な時に様々なメンターに救われます。その中でも森村市左衛門が登場して佐吉に声をかけるシーンがあります。

失敗した佐吉に対して、森村市左衛門は次のように語ります。

「何の失敗か知らねえが。失敗の数なら負けねえぞ」
「わしは幾度出来損なっても、そんな事に一切頓着せず天に貸すのだ。天に預けるのだと思い込んで今日まで働いてきた。天はいかにも正直で、数十年間貸し続けたのだが、今日どんどん返ってくるようになった」
「働くことは神聖なもので、決して無駄になったり骨折り損になったりするような安っぽいものではない。まっとうに働いておりさえすれば、枯れもせず腐りもせず、天が預かってくれる。天に貸しておけば、決して貸倒れにならぬ」

市左衛門の登場はたった2ページです。が、長い人生のほんの数時間の出会いから得られた気づきが、人をどん底から救うことがあります。このくだりを読みながら、人が本当に苦しい時に必要なのは、具体的な事態打開策ではなく、逃げずに立ち向かう姿勢を生み出す哲学だと気が付きました。

これは、中小企業経営者のメンターを務めることのある私にとって、大きな気づきでした。恥ずかしい話、コンサルタントと称しながらも、思い悩む人を救えないことが幾度もありました。それは私が方策ばかりをアドバイスしていたからです。

どん底の中で根本的に人を救うのは、目線を挙げて視野を広くし、考え方を変え、覚悟させることなのです。

佐吉は失意の中でニューヨークの見学をした時に「ヨシ、やらまいか。もう一度。一身の恥辱は小事だ。恥を忍んで余生を国家に捧げよう」と決意します。

私も失敗した仕事を思い出しくよくよすることがしばしばあります。が、この一文を読み、自分にどこまでできるかわかりませんが、哲学を磨き、この先の人生を国家に捧げようと決意しました。

『小説やらまいか~豊田佐吉傳~』こうしたことに気づかせてくれる名著です。自信をもって中小企業経営者、及び士業の方に推薦します。