松村冬樹先生(名古屋市博物館元学芸員)

名古屋市博物館元学芸員 松村冬樹先生は、名古屋の古地図研究の第一人者だと北見昌朗は尊敬しています。名古屋城天守閣を木造復元し、旧町名を復活する有志の会においても、このように度々ご講演いただいています。

その松村先生が推薦文を下さいました。光栄です。

松村冬樹先生の講演動画を以下よりご覧いただけます。
【第54回】華麗なる河村一族
【第15回】『名古屋城下お調べ帳』について
【第7回】名古屋の古地図の見方・楽しみ方

名古屋での佐吉翁のゆかりの地を訪ねよう

松村冬樹名古屋市博物館元学芸員
松村冬樹先生

手元に数種類の“名古屋市街図”があります。名古屋の市街地は、明治18年頃の『市街地籍全図』では、江戸期の名古屋城下図とほとんど同じです。ところが明治40年代から大正時代に刊行された市街図では、めざましく発展する街のようすが描かれています。市電路線の伸延、広い道路の新設、市街地の拡大など、名古屋が近代都市へ変貌していく過程が記録されていて、どれだけ眺めても飽きることがありません。

さて、この「小説 やらまいか」は、豊田佐吉の伝記を“小説”として世に問うものです。佐吉翁が人力織機を発明し、豊田自動織機製作所へと発展させる生涯が、名古屋の発展の歴史と軌を一にしていることに改めて感慨を覚えます。もし佐吉翁なかりせば、今日の名古屋はどんな姿だったでしょう。そんなトヨタグループの創業者を伝記にまとめることは、けっして簡単なプロセスではなかったことでしょう。いわば“神話”を書き起こすことと同じで、“ご神体”に近ければ近いほど、負のイメージや評価は取材できません。そのご苦労が、角書きの“小説”にうかがえます。

ところで、名古屋は小説の舞台になりにくいという話を聞いたことはありませんか? 村上春樹氏の近著では、名古屋の自動車販売店のショールームが舞台だと大きな話題になりました。そこで昔々の思い出です。梶山季之氏の「黒の試走車」に、瑞穂区の高級住宅地の地名が出てきたことを思い出しました。官能小説家というレッテルもある梶山氏ですが、徹底した取材による経済小説や企業人伝記なども数多く手がけています。「小説 やらまいか」を読んで、半世紀も前の梶山氏の作品を思い起こした次第です。ひさびさに地元の地名がふんだんにでてくる経済小説が上梓されたということですね。感慨一入。

さらに、この小説には別の意図もありそうです。というのも、小説には大正期の地図が添えられ、佐吉ゆかりの地をたどることができるのです。これも一般的な伝記とは一線を画す特色でしょう。観光資源に乏しい街名古屋に埋もれていた歴史を掘り起こす、そんな著者の想いがこの地図にもあふれています。

佐吉翁は母の苦労を知り、「人のためになる」という理念で自動織機の発明にまい進しました。この小説が翁の顕彰であることは言うまでもありませんが、佐吉翁が活躍したその同じ“土地”に誇りを持とうと呼びかける、名古屋人へのエールであるとも読み解きました。

さてさて、北路氏の思惑にのっかって、佐吉翁のゆかりの地を訪れてみましょうか。