田中真澄先生

田中真澄先生

北見昌朗は昔から田中真澄先生に私淑してきました。
田中先生のお話を最初にお聴きしたのは、かれこれ30年ほど前で、私が20代の後半でした。それ以来数えてみますと5、6回拝聴しました。同じ内容ですが、聴くたびに新鮮でした。

独立開業した頃「年間4000時間以上働いて、潰れた人はいない」と教えていただきました。不安な気持ちだったのですが、すぐその場でかぞえましたら、ほぼ4000時間だったので安心したのを覚えています。

田中先生のお話は、テープ(当時はCDではなかった)がすり切れるぐらいに車中で聴きましたので、自分の血肉になっています。まさに自分の人生観そのものです。

平成23年11月には、北見昌朗が主催して講演会を開かせていただきましたが、良い想い出です。

 

その田中先生に、このような身に余る推薦状を賜ったことは、我が人生の誇りです。

田中先生は多くのファンがいますが、マスコミに出られないので、ご存じでない方もいると思います。ネットで流れていた情報を紹介するとともに、推薦文を掲載させていただきます。

田中真澄先生の名言
北見昌朗は「人生は、今日が始まり!」というのが好きです。

「一点集中 こつこつこつこつ」のビデオも良いですよね。

田中先生の講演の様子です。

田中先生のお写真です。

以下、推薦文の全文です。

起業を目指す人々にはぜひ読んでほしい(『小説 やらまいか~豊田佐吉傳』(上下巻)を読んで)

昭和60年、特許制度制定100周年を記念して政府が選んだ「日本の十大発明家」のレリーフが特許庁の1階のロビーに飾られているが、その10名の中に自動織機を発明した豊田佐吉も含まれている。

今般、その豊田佐吉の生涯を描いた『小説 やらまいか~豊田佐吉傳』(上下巻)が発刊されたが、これがめっぽう面白い作品に仕上がっている。

佐吉は今で言う起業家であるが、その起業家としての佐吉の在り様が実に興味深く、実際に起業の経験のある人なら、この小説を読まずにはいられない。

小説の評価は読者が面白く思うかどうかで決まるが、この作品は上下巻の大作にもかかわらず、読みだしたら止まらないほど面白くためになり、読む者の興味をひきつけて離さない。したがってこの作品は今後評判を呼ぶだろうし、多くの人々に読んでほしい作品である。

下巻の巻末に名古屋市市長の河村たかし氏の「この小説はNHKの朝ドラに取り上げられるべきだ」とエールの言葉が載っているが、この提言が実現することを期待したい。

なぜなら日本人にとって最も欠けているのは起業家精神であり、その精神を呼び覚ましてくれるのがこの作品だからだ。

一億総サラリーマン化社会にどっぷりつかってしまっている日本人の生き方は、国際的にみたら異常であることを私たちは知らねばならない。先進諸国のなかで起業発生率のダントツに低いのが日本だからである。昔から日本では自ら事業を起こし独立自営の道を歩む生き方を高く評価する人が少ない。

多くの日本人にとって価値のある生き方とは、いいところに勤めるという「所属価値」を求めることにある。いい学校を出て、いいところに就職し、そこで出世していくことが日本人の最も望ましい成功の姿であって、その真逆の自分の潜在能力を磨き、自ら事業を起こし独自の存在価値を築くという「存在価値」に賭ける生き方を、大方の人は望まないし、それを評価しない傾向が日本人の間では今も強く残っている。

だからサラリーマンから独立して独立独歩の人生を歩む人を世間は「あの人は変人」とは称しても、「あの人は立派」とその独自の生き方を尊敬することはあまりない。この世間の風潮はわが国伝来のあしき宿弊である。その証拠に、かつて福沢諭吉は明治34年に発刊された『福翁自伝』(慶応通信)の中で次のように述べている。

「維新政府の磯が定まると、日本国中の士族はむろん、百姓の子も町人の弟も、すこしばかり文字がわかるやつは皆役人になりたいという。たとい役人にならぬでも、とにかく政府に近づいてなにか金もうけでもしようという熱心で、そのありさまは臭い物にハエがたかるようだ。全国の人民、政府によらねば身を立てる所のないように思うて、一身独立という考えは少しもない。この考え方は先祖伝来の遺伝に存している一種の迷いである」

福沢諭吉が指摘した「一種の迷い」が、日本人の心の中には今も綿々と存続しているのである。だから今なお公務員志望や政府と関係の深い大企業や団体に就職を希望する子弟が跡を絶たないし、親もそれを望んでいる。

しかし、この迷いから抜け出さない限り、21世紀の大きく変るこれからの時代において、日本人は堂々と胸を張って生きていくことはできなくなることは間違いない。

では具体的には、どうすればいいのか、それは所属価値よりも存在価値を築くことに賭けながら生き甲斐のある人生を築いていった先達の生き方に学ぶことだ。その先達の一人が豊田佐吉である。

この小説は「豊田佐吉傳」と銘打っているように、佐吉の生涯を小説の形にして世に問うた作品である。明治維新の1年前の1867年に生まれた佐吉は、1930年に63歳で亡くなるまで常に自動織機の発明と開発に生涯をささげ、わが国の近代織物産業の発展に大いに貢献した。佐吉は現在の(株)豊田自動織機の創業者に相当するが、佐吉は息子の豊田喜一郎に自動車産業を起こせと促した。佐吉の遺志を継いで喜一郎はトヨタ自動車を創業し、今日のわが国の自動車産業の興隆につなげていったのである。それを考慮すると佐吉の存在は、経済大国になったわが国にとって忘れることのできない人物である。

豊田佐吉の生涯は波乱に満ちていた。それを描いたこの小説は、明治から大正・昭和と移り変わるわが国の歴史の流れを縦糸に、佐吉を取り巻く人間模様を横糸にして、物語を展開させている。

小説だから作者が考えたフィクションの部分もかなりあるものの、全体としては事実に基づいている。だから読み進みにしたがい興味がますます深まっていく。私はこの小説を通して、佐吉が育った名古屋地区の人々が新しい事業に挑戦する佐吉を温かく育てていこうとする前向きな姿勢を強く感じた。

今、東海道新幹線の沿線で最も活気があるのは名古屋を中心とした地域だが、そうした雰囲気を醸し出しているのは、この佐吉を育てた地域性が大きく寄与しているのではないかと思う。

また、作者の北路透氏(本名・北見昌朗)は名古屋で地元紙の新聞記者を15年間勤めたものの、事業主としての生き方に憧れ、社会保険労務士という士業の世界に身を投じた。そして中京地区の中小企業の経営支援をしながら、経営者の大きな悩みは自分のところの従業員の給与がよそと比べてどうなのかという給与の相場であることを知った。

そこで各企業が実際に給与をいくら払っているのか、自分でデータを収集し独自の給与統計を作り上げた。その作業を通じて自分の本業は給与の調査研究と提案にあるとし、事務所名を「北見式賃金研究所」と改名した。

作者は自分の研究所でも30余名の従業員を抱える経営者でもあることから、事業を起こし、それを維持・発展させるために経営者はどれほど苦労するかを身を以て日々経験している。その経営者としての現場の体験があるからこそ、佐吉の事業家としての苦悩を誰よりも実感できたのだと思う。

サラリーマンには分からない事業主魂とは何かを作者は十二分に理解できていることから、主人公の佐吉の生涯を愛情を以て描ききっているのが全編から伝わってくる。それだけにこの作品は学生・サラリーマンはもちろんのことだが、これから起業を目指す人々にはぜひ読んでほしいと思う。

昨今では、定年を迎えた60代の人々の間で起業への関心が高まっている。各地の金融機関や商工会議所・商工会主催の起業セミナーに高齢者の参加が増えていると聞く。それはそうだろう。65歳で定年になっても、100歳近くまで生きる可能性が出てきた現在の日本人にとって、定年後の人生が30年近く待っているのだから、この間、ただ年金と退職金で暮らすことは普通の常識のある人にはできないはずである。となれば、老後も自分の好きな仕事で働くことを考えるようになるのは当然というものであろう。

政府も高齢者はできれば80歳までは働いてほしいと訴えるようになってきた。そうなれば、心ある定年退職者がこれからは起業することに己の人生を賭けてみようと考えるようになるであろうし、その傾向が今後は徐々に強まっていくのではないだろうか。いやぜひそうなってほしいと思う。

そのためにも、今回の新著が多くの人に読まれることを望まずにはおれない。読めば必ずそれだけの価値があると、私は確信するからである。